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就活状況
2001年2月7日 現在、私は就活と大学試験の真っ直中である。
今日は、フジテレビの筆記の結果がでた。
小心者の私は、ただそれだけで、結構緊張していた。結局は通過していたのだが、実は筆記の通過なんてたいしたものでも何でもないと知って落胆。
最近は、こんな風に、どうでもよいことで一喜一憂している。こんな馬鹿らしいというか、子供っぽい自分をどうにかしたいと思いつつ、人の心はおもしろいもので、私の意志に反して、ドキドキしたり、落ち込んだり、喜んだりしている。何とも言えない。
今、一番恐いのは、「フジテレビの面接が、例えば三次くらいまで進んで、けれど、結局は内定まではこぎつけないで、大学の試験もその面接のせいでいい加減になってしまうこと」。
どうして、そんなに大学の試験を気にするのか・・・卒業が危ないくらいの単位しかまだもっていないから。現に、語学だってまだ3つものこしているし、専門の単位だって、三分の一くらいしかそろっていない。はっきり言って、今回の試験が正念場。大体、授業なんて年の初めに1回くらい出席したくらいだし、勉強っぽい勉強なんて、大学受験以来まともにしていやしない。テスト前、たった4時間だとか5時間程度、人様のノートを読むだけで、論文を書くのだから、気が重い。こんなんで、テスト受かる分けないなんて思いながら、受かってしまうから、また同じことをする。で、心配なのは、今回の正念場の試験には、もうそろそろ、私の「実力」が露わになるのではないか、ということ。
こんな日記を書く前に、テスト勉強しろ、と言いたいところなんだろうな・・・。
フジの面接、どの程度自分をだした方がよいのかか。私は両極的で、すごくニヒリスティックな考え方をする一方で、夢だとか理想も捨てきれずにいる。どっちの自分をだしていくのか。もちろん、ニヒリスティックな部分なんて歓迎されないのは決まっていくのだけれど、夢や理想なんて実際は信じてはいないのに、いわば「自己欺瞞」にすぎないのに、そんなところだけで真剣に勝負してしていいものなのか・・・。TBSが落ちてしまったのは、それが原因だと思う。真っ正面から取り組みすぎたし、もいしくは、あまりにも正直に自分の「思想」を書いてしまった。思想が好きな自分をだしていってよいものなのか・・・。
今日の悩みは大体そんなところである。
今日は、フジテレビの筆記の結果がでた。
小心者の私は、ただそれだけで、結構緊張していた。結局は通過していたのだが、実は筆記の通過なんてたいしたものでも何でもないと知って落胆。
最近は、こんな風に、どうでもよいことで一喜一憂している。こんな馬鹿らしいというか、子供っぽい自分をどうにかしたいと思いつつ、人の心はおもしろいもので、私の意志に反して、ドキドキしたり、落ち込んだり、喜んだりしている。何とも言えない。
今、一番恐いのは、「フジテレビの面接が、例えば三次くらいまで進んで、けれど、結局は内定まではこぎつけないで、大学の試験もその面接のせいでいい加減になってしまうこと」。
どうして、そんなに大学の試験を気にするのか・・・卒業が危ないくらいの単位しかまだもっていないから。現に、語学だってまだ3つものこしているし、専門の単位だって、三分の一くらいしかそろっていない。はっきり言って、今回の試験が正念場。大体、授業なんて年の初めに1回くらい出席したくらいだし、勉強っぽい勉強なんて、大学受験以来まともにしていやしない。テスト前、たった4時間だとか5時間程度、人様のノートを読むだけで、論文を書くのだから、気が重い。こんなんで、テスト受かる分けないなんて思いながら、受かってしまうから、また同じことをする。で、心配なのは、今回の正念場の試験には、もうそろそろ、私の「実力」が露わになるのではないか、ということ。
こんな日記を書く前に、テスト勉強しろ、と言いたいところなんだろうな・・・。
フジの面接、どの程度自分をだした方がよいのかか。私は両極的で、すごくニヒリスティックな考え方をする一方で、夢だとか理想も捨てきれずにいる。どっちの自分をだしていくのか。もちろん、ニヒリスティックな部分なんて歓迎されないのは決まっていくのだけれど、夢や理想なんて実際は信じてはいないのに、いわば「自己欺瞞」にすぎないのに、そんなところだけで真剣に勝負してしていいものなのか・・・。TBSが落ちてしまったのは、それが原因だと思う。真っ正面から取り組みすぎたし、もいしくは、あまりにも正直に自分の「思想」を書いてしまった。思想が好きな自分をだしていってよいものなのか・・・。
今日の悩みは大体そんなところである。
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